都内でのコーヒー開拓へ

昭和21年(1946年)
千代田区有楽町にてパン・食材製造卸開始。

昭和25年(1950年)
麹町において製パン業および珈琲焙煎加工開始。

昭和34年(1954年)
初の自社開発商品「ミクロンコーヒー」が誕生。
加工食品にコーヒーの味と香りを付けるために用いられ、一部の市場で「食べるコーヒー」のキャッチフレーズがつく。

鈴木創業者
 昭和21年          東京都千代田区有楽町にてパン・食材製造卸開始。
(1946年)

 昭和25年          麹町において製パン業および珈琲焙煎加工開始。
(1950年)

 昭和34年        初の自社開発商品「ミクロンコーヒー」が誕生。
(1954年)        加工食品にコーヒーの味と香りを付けるために用いられた。
これは一部の市場で重宝され「食べるコーヒー」
のキャッチフレーズがついた。
鈴木創業者
   昭和21年
(1946年)
東京都千代田区有楽町にてパン・食材製造卸開始。
   昭和25年
(1950年)
麹町において製パン業および珈琲焙煎加工開始。
   昭和34年
(1954年)   

初の自社開発商品「ミクロンコーヒー」が誕生。
加工食品にコーヒーの味と香りを付けるために用いられた。
これは一部の市場で重宝され「食べるコーヒー」
のキャッチフレーズがついた。

鈴木創業者
「コーヒー牛乳」の開発
「コーヒーエキストラクト」の抽出
「コーヒー牛乳」の開発、「コーヒーエキストラクト」の抽出に成功
 昭和36年  ドトールコーヒー創業者でもある鳥羽博道氏らと共に、ミルクコーヒーの開発をし、
(1961年)        大手乳業会社に持ち込み、後の「コーヒー牛乳」となり爆発的なヒットを生む。

昭和40年   現在のインスタントコーヒーなどに利用される「コーヒーエキストラクト」の抽出、
(1965年)    連続多菅方式(コーヒー抽出液を熱し、いくつもの管を通しながら濃度を上げていく
       方式)の 開発に成功。

昭和42年   株式会社マックスコーヒー設立。
(1967年)    川崎においてコーヒーエキストラクト並びにインスタントコーヒーの製造を始める。
                     缶コーヒーの原料として、コカ・コーラブランドの清涼飲料水の関東地区
                    (千葉・茨城・栃木)の製造・販売業者である利根ソフトドリンク㈱へ、
                    缶コーヒーの原料供給をすることとなり、今も世に有名な「MAX COFFEE」が誕生する。
   昭和36年
(1961年)
ドトールコーヒー創業者でもある鳥羽博道氏らと共に、ミルクコーヒーの開発をし、大手乳業会社に持ち込み、後の「コーヒー牛乳」となり爆発的なヒットを生む。
   昭和40年
(1965年)
現在のインスタントコーヒーなどに利用される「コーヒーエキストラクト」の抽出、連続多菅方式(コーヒー抽出液を熱し、いくつもの管を通しながら濃度を上げていく方式)の 開発に成功。
   昭和42年
(1967年)
株式会社マックスコーヒー設立。
川崎においてコーヒーエキストラクト並びにインスタントコーヒーの製造を始める。
缶コーヒーの原料として、コカ・コーラブランドの清涼飲料水の関東地区
(千葉・茨城・栃木)の製造・販売業者である利根ソフトドリンク㈱へ、
缶コーヒーの原料供給をすることとなり、今も世に有名な「MAX COFFEE」が誕生する。

昭和36年(1961年)
ドトールコーヒー創業者でもある鳥羽博道氏らと共に、ミルクコーヒーの開発をし、大手乳業会社に持ち込み、
後の「コーヒー牛乳」となり爆発的なヒットを生む。

昭和40年(1965年)
現在のインスタントコーヒーなどに利用される「コーヒーエキストラクト」の抽出、連続多菅方式(コーヒー抽出液を熱し、いくつもの管を通しながら濃度を上げていく方式)の開発に成功。

昭和42年(1967年)
株式会社マックスコーヒー設立。
川崎においてコーヒーエキストラクト、
並びにインスタントコーヒーの製造を始める。

缶コーヒーの原料として、コカ・コーラブランドの清涼飲料水の関東地区(千葉・茨城・栃木)の製造・販売業者である利根ソフトドリンク㈱へ、缶コーヒーの原料供給をすることとなり、今も世に有名な「MAX COFFEE」が誕生する。

2代目鈴木和孝社長の夢~ミルハウス~

「コーヒーミルの形をした家に住みたい」という夢を持つ社長。

そんな社長の夢から生まれた「ミルハウスコーヒー」は、昭和58年、千代田区一番町に喫茶店としてオープンしました。

当時としては珍しく大きな画面のビデオも設置し、海外のミュージックビデオを流し、
今でいうプロジェクターも完備していました。

鈴木社長は、広範な客層に受け容れられる”コーヒー”の味と店づくりにとことん、
こだわり続けました。

今でも社長の想いを形にしたこのロゴは、株式会社鈴木コーヒーの看板として使用されています。

「コーヒーミルの形をした家に住みたい」という夢を持つ社長。

そんな社長の夢から生まれた「ミルハウスコーヒー」は、昭和58年、
千代田区一番町に喫茶店としてオープンしました。

当時としては珍しく大きな画面のビデオも設置し、海外のミュージックビデオを流し、
今でいうプロジェクターも完備していました。

鈴木社長は、広範な客層に受け容れられる”コーヒー”の味と店づくりにとことん、こだわり続けました。

今でも社長の想いを形にしたこのロゴは、株式会社鈴木コーヒーの看板として使用されています。
「コーヒーミルの形をした家に住みたい」という夢を持つ社長。

そんな社長の夢から生まれた「ミルハウスコーヒー」は、昭和58年、
千代田区一番町に喫茶店としてオープンしました。

当時としては珍しく大きな画面のビデオも設置し、海外のミュージックビデオを流し、
今でいうプロジェクターも完備していました。

鈴木社長は、広範な客層に受け容れられる”コーヒー”の味と店づくりにとことん、こだわり続けました。
今でも社長の想いを形にしたこのロゴは、株式会社鈴木コーヒーの看板として使用されています。
MENU
PAGE TOP